はじめに
2003.03.11

「ペット」という言葉を辞書で調べてみると、「愛玩動物」(広辞苑)、「かわいがって飼う動物」(岩波国語辞典)と定義されています。私は「ペット」という言葉があまり好きではありません。それは、どうしても「愛玩動物」という定義が思い浮かぶためです。「愛玩」には、「もてあそび楽しむ事こと、大切にしてかわいがること」(広辞苑)、「大切にしてかわいがること。また、おもちゃにして慰みとすること」(岩波国語辞典)の意味があり、辞書によってどちらの意味の頻度が高いとしているかが違っているようです。しかし、「愛玩」が「もてあそび楽しむ」という意味を含むことを考えると、私には犬は、「ペット」のカテゴリーに入る生き物だとは思えないのです。
日本語でも「コンパニオン・アニマル」という言葉が定着しつつあるようですが、私はこちらの方が犬の立場を的確に表現していると思います。少なくとも私にとっては、幸はコンパニオン・アニマル以外の何ものでもありません。そして、幸は家族の付属物ではなく、家族の一員です。
家族の一員であるならば、私は幸の基本的な需要すべてに答える責任があります。これは、日々の生活においてのことはもちろん、予防的な目的で獣医の所へ連れて行くこと、病気や怪我をした時の対処、そして老犬になり心身に支障を来してからは、残りの犬生をなるべく苦痛を感じることがなく過ごせるように、できる限りの努力をする等、犬を迎えてから犬が一生を終えるまでに必要な、精神的、物理的な全てのことを含みます。そして幸は、家族の一員としての義務を果たす必要があります。この義務は突き詰めて考えると、家族というパックのリーダーである私の指示に従う、ということになると思います。
幸を家に迎えることが決まった時に、これから幸と十何年一緒に生活をすることになるので、お互いに心地よく暮すためにはどうしたらいいか、考えました。家族という小さい社会の中にも、必ずルールがあります。幸が家族の一員であるなら、そのルールに従う必要があります。しかし、それだけでは十分ではありません。幸が生活するのは家の中だけではありませんから、人間社会のルールも理解する必要があります。
犬を育てるのは、レベルは違っても、人間の子供を育てるのと基本的なコンセプトは同じだと思います。人間の赤ちゃん/子供は、食べ物をやっておけば体は大きくなりますが、それだけでは、既に形成されている人間社会に受け入れてもらうことはできません。人間社会で生きて行くために必要な知識は、親なり他の大人から習う必要があります。犬も食べ物をやっておけば大きくなります。しかし、人間社会でコンパニオン・アニマルとして暮して行くためには、それだけではうまくいかないと思います。
私は元々犬が好きですし、自分の犬は特にかわいいと思います。ですから、幸とはよく遊びますし、猫可愛がりをすることもあります。しかし、どんなに外見がかわいくても、犬はぬいぐるみではないので、猫可愛がりするだけでは不十分です。自分の犬がかわいいならこそ、コンパニオン・アニマルとして幸せに暮してもらいたいと思うはずです。
幸が私と一緒に幸せに暮すためには、私をパック・リーダーだと認識し、人間社会のルールを教える立場である私の指示に従わなければなりません。また、私は幸がルールがよく理解できるように教育する必要があります。そのような理由で、私は幸を迎える前から、基本的なオビーディエンス・トレーニングは非常に重要だと思っていました。
この項では、幸が生後3ヵ月で家に来た時から始めたオビーディエンス・トレーニングにおいて、私が経験したことや考えた事を、書いていきたいと思っています。
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