Marley & Me

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2005年に出版された、ジャーナリストJohn GroganによるMarley & Me. 幸ログでも、2006年2月19日のエントリーでご紹介しました。その後この本は日本語にも翻訳され、そして去年はこの自叙伝を元に同名の映画が作られました。封切りされた時に見に行きたいと思っていたのですが、ずっと忙しくて結局DVDで見ることに。

原作では、マーリーの様子がかなり細かく書かれている部分も多いのですが、映画になると一つのエピソードでそれほど引っ張るわけにもいかず、さらりと流してある所が目立ちました。それに、原作のタイトルがミスリーディングで、「マーリーと私」というよりは、「私の家族とマーリー」という方が、映画の内容をより正確に表しているかもしれません。しかしこの「私」が、著者だけでなく家族の一人一人がマーリーに対して持っている気持ちと理解するなら、やはりこのタイトルは適当なのでしょう。

後半マーリーが年を重ね、段々身体が自由にならなくなって来た頃からは、ここ数年に虹の橋に向けて旅立って行った赤柴ななちゃん(もなははさん)、胡麻柴ぐるみ君(由美さん)、ハスキーの大将君とマラミュートのペコちゃん(はらペコさん)など、私が長い間知っていた犬達のことを思い出したり、大変な手術を受けたななちゃんを看病していたもなははさん、長い間老犬介護と傷の手当を経験し、最後には二頭が虹の橋へ渡る手助けをする決断をしなければならなかったはらペコさんの気持ちなどを考えていたら、涙が溢れて来ました。犬の一生を扱う本や映画では、最後が犬生の最後で終わることが多いので、涙無しには読めない/見られないことも多いです。そう言えば、原作ではマーリーのような新しい犬を迎えようかというところで終わるのですが、映画にはそういうシーンはありませんでした。

主演の一人はジェニファー・アニストンですが、彼女はどんな役を演じてもFriendsのレイチェルのイメージがつきまとっていると感じるのは、私だけでしょうか。どうしてなのかなぁ。外見、化粧などであまり変化が出ないからからでしょうか。でも彼女、犬の扱いには慣れていますね。

原作のMarley & Meについてのエントリーを書いた時には、今のブログではなく別のを使っていたので、この幸ログを検索してもヒットしません。それで、こちらに転載しておきます。興味のある方は読んでみて下さい。

——— 以下、2006年2月19日のエントリー ———

もう数ヶ月前のことになりますが、クリスマス・プレゼントにMarley & Me: Life and Love with the World’s Worst Dog (John Grogan, William Morrow/HarperCollins, 2005)という本をもらいました。表紙にかわいらしいイエロー・ラブの写真があり、すぐに読みたいなと思っていたのですが、最近いろいろ読みたいもの/読まなければならないものがあり、クリスマス以来ずっとナイト・テーブルの上に置いたままになっていました。しかし、先日ニューヨーク・タイムズ紙の本のセクションを見ていて、この本が十週間以上ベストセラーになっていることを知りました。正確には現在17週間ベストセラーで、先週も今週も一位です。こんなに話題になっている本なら是非目を通さなきゃ、ということで読んでみました。

私の楽しみのための読書の時間は寝る前なのですが、平日はおもしろい本を読んでいても、次の日のことを考えて必要な睡眠を取るために、「もっと読みたいけど今日はここまで」と本を閉じなければならないことがほとんどです。しかしこの本を読んでいる間は、「この章の最後まで読まないと、続きが気になって眠れないだろう」と思い、ついつい寝るべき時間を過ぎても読んでいたりしました。

この本の著者は、現在Philadelphia Inquirerという新聞のコラムニストです。 Marleyというのはイエロー・ラブで、著者とその妻が結婚してまだ間もない頃に迎えられた犬です。この名前は、レゲエ・ミュージシャンのボブ・マーリー(Bob Marley)に因んでつけられたもの。その当時二人はフロリダに住んでいたのですが、いずれ子供が生まれるであろう夫婦は、まず犬で子育てを疑似体験したいという動機で犬を飼うことにしました。二人とも、ファミリー・ドッグと生活を共にしたことはあっても、自分が責任主であるのは初めての経験でした。それぞれ子供の時の経験から、犬に対するイメージ(どちらの場合もポジティブなもの)を持っていましたが、迎えたマーリーはそのイメージとはかけ離れた犬でした。

この本の“Life and Love with the World’s Worst Dog”という副題からも分かるように、このマーリー君、かなりの強者です。著者によると、マーリーのお母さんはラブとして模範的な犬だそうでうすがお父さんが問題で、マーリーはお父さんの悪いところを全て受け継いでしまったような犬であるようです。しかし元々の資質もあると思いますが、著者夫婦の犬育てにも問題があったかもしれません。例えば、著者は犬の事に詳しい知人に犬のトレーニングについてのアドバイスを受けたのですが、アドバイスした人はなぜか「生後六ヶ月になるまではクラスに入れても意味がない」という主旨のことを言ったそうです。この「生後六ヶ月」というのがどのような根拠に基づいた数字なのかは分かりませんが、私は犬のトレーニングを始めるのは、早ければ早いほどいいと思っています。生後六ヶ月までほぼ何も教えないで、六ヶ月経ってから急に始めようと思っても、それは無理というものですよ。クラスに入れなくても、飼い主が効果的な訓練方法を知っていればいいのですが、犬をクラスに入れる目的は犬が何かを教えてもらうためではなく、飼い主が教え方を学ぶことだということを、きちんと認識しておく必要があると思います。

結局マーリー君は生後六ヶ月少し前にクラスに入ったのですが、数回出席した後でトレーナーからやんわり「退学」を命じられました。理由は、「このクラスを受けるのは無理」「他の犬の邪魔になる」「すぐに興奮してしまう」ということでした。気の毒、マーリー君。

マーリーは臆病なところがあり、特に雷には弱かったそうです。恐ろしい体験をするとパニックになり、物を壊したり、恐怖から逃避しようとして自分自身の身体を傷つける結果になったり。その対策として鎮静剤を使っていたそうですが、この犬の恐怖についての記述を読んでいると、雷が鳴っても花火の音が聞こえても平常心を保っている幸が、よほど鈍感な犬に思えて来ました。普通の犬は、それほどまでに大きな音に対して恐怖を感じるものなのでしょうか。幸は、花火は最初体験した時(仔犬の時)にはすごく怖がりましたが、二度目からは平気でした。慣れのような気がしますが、そうでない犬もいるのでしょう。

著者によると、マーリーが壊したものを合計すると、ヨットが一艇買えるほどの出費だろうということです。つまり、かなりの金額だということですよね。しかし、そのマーリーとの生活から多くを学んだ著者は、ヨットがあればそれなりに楽しいかもしれないが、ヨットは自分の帰りを一日中待っていてくれるわけではないし、家に帰って来ても心の底から喜んでくれるわけではないし、とマーリーと過ごした時間はお金には代えられないと考えています。

かわいらしい仔犬だったマーリーがラブとしても大柄(100ポンド近く)な成犬になり、その頃には破壊力も最強になりました。物を壊すだけではなく、この犬は食べられない物を飲み込むのもお得意でした。第十一章はThe Things He Ateという題で、マーリーが飲み込んだ様々な物についての記述があります。おもちゃのプラスチック製兵隊、輪ゴム、プラスチック・ボトルの蓋、ボールペン、櫛、著者が妻に贈った金のネックレス等等。先日、幸のトレーナーの犬がタオルの切れ端を飲み込んで手術を受けたことを書きましたが、ラブには異食症の犬が多いのでしょうか。しかし、「食べられない物を食べる」のはラブだけではないようです。最後の章はThe Bad Dog Clubというタイトルなのですが、マーリーの悪行に対する犬飼い達の反応についてです。それらを読んでいると「まあ、よくご無事で」と思うようなことが目白押し。例えば、飼い主のブラを飲み込んで十日後に吐き出したラブ(そのままの形で出て来たそうです)、5フィート(約1メートル50センチ)の長さの掃除機のチューブを、内部強化のためのワイヤーもろとも飲み込んだリトリーバーとアイリッシュセッターのミックス。冷蔵庫を前足で器用に開けて、中に入っていたものをあらかた食べたイエロー・ラブ、などなど。

そんなマーリーも寄る年波には勝てず、最後は関節痛が酷くなって後ろ脚がほとんど使いものにならない状態だったそうです。大型犬は、こうなると本当に困りますね。著者も100ポンドの犬を抱えられるほどの力はなく、トイレなど一苦労だったようです。結局、マーリーは13歳の時に鼓張症を発症し、その時は一命を取り留めたものの、二度目に発症した時に医師から決断をするように言われました。13歳の犬に開腹手術を施すのは酷ですし、その費用が二千ドル近くかかることを考えて、安楽死を選ぶことにしたそうです。

この辛い決断は、仕方がなかったかもしれません。大型犬の13歳と言えば、かなりの高齢です。その犬に手術をしても手術自体に耐えられるかどうかも疑問ですし、たとえ手術に耐えられたとしても、術後の回復も大変でしょう。私は今まで、自分の犬が大変な状況に陥った場合には、助けるためにはできることは何でもしようと考えていました。しかし、延命努力が飼い主の自己満足に終わってしまってはいけないことに気付きました。著者はこのように言っています。「手術のための高額な費用も無視できなかった。貰い手が見つからないために処分される犬が後をたたず、経済的理由から必要な医療を受けられない子供がいるのがこの世の実情なのに、高齢の犬の人生の最後にこれほどまでの費用を使うのは、倫理的に許せない、もしくは不道徳なことだと思う」(p. 254)。

誰でも、自分の犬に最善と思われることをしようとすると思いますが、それがその犬にとって本当に最善なのか、飼い主の自己満足に過ぎないのではないか、きちんと見極める必要がありそうです。とは言え、自分の犬のこととなると、それほど冷静に判断できるかどうかは、ははなはだ疑問ですね。しかし、著者が「これがマーリーの寿命なら、そうなのだ」と言っているように、自然の成り行きに逆らうような無意味な努力はするべきではないのだ、ということを肝に銘じなければと思いました。

マーリーが最初に鼓張症を発症したのは、ケンネルに滞在中でした。ケンネル滞在によるストレスと鼓張症の間には関連性がないという研究結果があるそうですが、この犬の場合、二度目の時にも滞在中に発症していることから分かるように、突然の環境変化が引き金になったのは事実であるような気がします。それにしても、一度鼓張症が起こった後「もう一度*起こらない*可能性は1%」と言われていたのも関わらず、13歳の老犬をケンネルに預けてファミリー・バケーションに行くのも、相当勇気がいることではなかったでしょうかね。

このような犬の本はたいてい、仔犬として迎えられた時のことから始まり、犬の最後で終わるのが普通です。目次を見た時からそれが分かっていましたし、そのような話を気持ちを乱すことなしに読めないことは分かっていたので、最後の数章はまとめて読める時間が取れるまで取っておきました。犬のこととなると、自分の経験を重ねずに考えることがでず、ついつい涙腺が緩んでしまいますね。

マーリーは13年の生涯を閉じ、著者宅の桜の木の下に埋葬されたそうです。

この本は犬が中心になっていますが、著者と家族のことも大きな部分を占めています。マーリーと共に暮らした13年のうちに子供が三人生まれ、数回転職し、フロリダ州内で引っ越しを経験し、そして州外のペンシルバニア州に引っ越し...。十数年の犬の一生は短いようですが、その十数年間に人間が経験する様々なこと、いえ、それよりも人間が犬と共に経験する様々なことを考えると、それほど短い時間ではないように思えます。この場合、物理的な時間の長短というより、濃度あるいは密度の問題ですかね。

犬飼いが書いた本ですから、内容的に共感できる部分が多いのは当然だと思いますが、この人は文章を書くことを仕事としているコラムニストであることもあり、なかなか楽しめる本でした。特に、彼が使う効果的な比喩には感心しましたよ。中にはすごくおかしいものもあり、夜中に一人でヘラヘラ声を出して笑ってしまうこともありました。

ニューヨーク・タイムズ紙のサイトに、Janet Maslinという人によるこの本の書評があります(”Honoring the Best Bad Dog a Family Could Ever Have”, published: October 13, 2005)。この書評を読むと、この本がだいたいどのようなものか分かると思いますよ。

nytimes.com > Features > Books > Best Sellers > New on the Nonfiction List > Marley & Me(注:このリンクはもう存在しないはず)

犬の本を読みたいなと思っている方には、是非お勧めしたい一冊です。

April 4 2009 | Dog Books & Movies | Comments

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