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Babel

Babel (Alejandro González Iñárritu監督, 2006) 、昨年公開された時に見逃したのですが、地元で一日だけ劇場公開されたので見て来ました。これは、ゴールデン・グローブ賞最優秀作品賞受賞、カンヌ国際映画祭監督賞受賞作品で、アカデミー賞にも六部門で七つノミネートされている作品ですから、やはり見ておきたいと思ったためです。
Babelは、もちろん旧約聖書の「創世記」に登場するTower of Babel(バベルの塔)のBabelです。人間が建設しようとした天まで届く塔を見て神は、人間がこのような神への挑戦であるようなことをするに至ったのは、全ての人間が同じ言語を話しているからだとして、違う言語を話させるようにしました。それによって人間はお互いに意思疎通ができなくなり、混乱して世界各地に散って行ったというお話です。
この映画では、米国(カリフォルニア)、メキシコ(ティファナ)、モロッコ、日本(東京赤坂)の四カ国が扱われているのですが、それらの国々で話されている言語は、英語、スペイン語、アラビア語、そして日本語です。これらの四カ国でそれぞれの言語を話して生活している人々が、ある事件を通して複雑に絡み合って来るという結果になります。人間が相手と意思疎通できないのは、もちろん異言語使用だけが原因ではありません。つまり、同じ言語を話していても、相手と分かり合えないということは頻繁に起こるわけです。この映画の中でも、夫婦間、父娘間、父息子間でそのようなことが起こっています。もちろん聾唖の女子高生は、手話が理解できない人とは意思疎通が難しいということも加わるのですが。
この映画で起こった色々な出来事は、結局は人間同士の意思疎通が十分でなかったために起こったことであることは確かなのですが、それだけでなく私は大人達の浅薄な判断によって、子供達が犠牲になっていることにも注目しました。違法移民であるナニー(乳母)を雇っていた夫婦、そのナニーに二人の子供二人を預けてモロッコ旅行に出かけた夫婦、息子の結婚式があるのに預かっている子供達の世話の代理人が見つからず、仕方なく子供達を連れて国境を渡りメキシコまで行ってしまうナニー、披露宴で泥酔状態になったまま車を運転して帰ろうとするナニーの甥、国境の検問を強硬突破してしまう甥、逃げ切るためにナニーと子供達二人を砂漠に残して立ち去る甥、子供達二人を砂漠の一カ所に残して、助けを求めるために彷徨うナニー、ジャッカル対策のために買い取ったライフルを、弾丸付きで息子二人に託してしまう父親、聾唖の娘を残して自殺してしまう母親、傷ついた娘をどう扱っていいのか分からない父親...。
しかしこれらは、全て大人が「仕方なくやったこと」ですよね。米国では、違法移民を雇う雇い主は数知れず存在しますし、傷ついた夫婦間を修復するために二人だけで旅行に出ることは大切です。そして、そのためには子供達を誰かに託して行くことになります。ヤギを守るためにはジャッカルを排除する必要があり、そのためにはライフルが役に立ちますよね。ヤギの世話をしているのは息子二人ですから、父親がその二人にライフルを託すのは仕方がありません。そして、娘が聾唖であろうとなかろうと、事情があって自殺しなければならなかった母親も、やはり仕方がない事情があったはずです。しかし、「仕方がない」では済まされないほどの影響が子供達に及んでいるわけで、非力な人間、それも自分が全責任を負うべき人間が関係してくる場合の判断は、非常に難しいことを実感しました。
映画の手法としては、なかなかおもしろいと思いました。このタイプの映画、最近ありますね。正式名称があるのかどうか分かりませんが、別々の場所で起こったことが、実は繋がっているというストーリーのもの。小説では、例えば日本のものでは村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』にも見られるように伝統的な手法ですが、映画では今まではなかなか製作するのが難しかったのでしょうか。
最後の東京の場面で流れるのは坂本龍一の「美貌の青空」ですが、実は私は坂本龍一のピアノベースの曲が大好き。これは、ピアノ、バイオリン、チェロのトリオ演奏で、『1996』のアルバムの中でも好きな曲の一つです。この場面はこの曲によって、すごくいい雰囲気になっていると思います。
今日の幸飯:
鶏肉、鶏内臓肉、牛肉、サツマイモ、ニンジン、ブロッコリ、セロリ、リンゴ、パセリ、キャロブ、ケルプ、アルファルファ、生姜、ガーリック、サフラワー油、サプルメント